ドイツの新聞スピーグルに載った、元イスラエル兵士で兵役を終え退役後に平和運動家となり、彼の所属していた予備隊に再び出動命令が出た時、出動拒否をして禁固刑にまで処された経験のあるイスラエル人、 ズィーブ·アブラハミさん(Zeev Avrahami) のエッセイーを紹介したい。アブラハミさんはイスラエルのハーレツ新聞社ニューヨーク支部でジャーナリストとして働いている。
日米のメディアは何かと反イスラエルで、常にイスラエルが一方的に近隣諸国に攻撃を仕掛けているかのような報道をするが、実はイスラエルでも非常に高い支持を受けた反戦運動があったのである。1960年後半に生まれた世代の多くは自分達が徴兵される年齢になってくると、建国以来のイスラエルの戦争に満ちた歴史に疑問を抱くようになっていた。それ以前の年代の人々は独立戦争や6日戦争に戦士としての誇りをもっていたが、次の世代の平和維持的な役目をおわされた若者たちはどうしてイスラエルは常に戦闘状態にあるのか、何年たっても終わらない戦争の意味がわからなくなっていたのである。
アブラハミ氏は1980年代のレバノン戦争はイスラエルのベトナムだったという。(訳:カカシ)

24年前のレバノン戦争はイスラエルを天地をひっくりかえす騒ぎだった。高位の将校がベイルート侵攻を拒んだり、まだ戦場で兵士が戦って死んでいるというのに、何千というイスラエル市民が反戦デモをしたりしていた。何年かにわたって好意的になってきていた世界の世論があっというまに我々に反するようになった。そしてサブラとシャティラの恐怖が起きた。あの戦争のあと輝かしい写真アルバムは存在しない、英雄もいない。この戦争はイスラエルのベトナムだったのだ。

そんな戦争に参加し夢も希望も失ったイスラエルの元兵士たちは、当時のアメリカ大統領クリントン氏がはじめたパレスチナとイスラエルの和平交渉を支持した。イスラエルが積極的に和平交渉に応じたのはこうした運動の影響があったのである。
だから2000年の南レバノン撤退があったのであり、シャロン首相の強行なまでのガザ撤退政策があったのだ。そして、この間あったばかりの選挙ではイスラエル始まって以来はじめて職業軍人ではない政治家が首相や外相となった。オルメルト首相の前歴はエルサレムの市長だし、外相のリビニ氏は弁護士、防衛庁長官は労働組合に組合長という民間人の顔ぶれだ。
ナイーブといえばそれまでなのだが、イスラエルの平和運動家たちはイスラエルが折れて、占領地区を撤退すれば平和が来ると本気で信じていたのだ。 
当然のことながら、イスラエルの平和への期待はカッサム弾と自爆テロによって裏切られた。イスラエルがレバノンを撤退すると同時に嵐のような自爆テロ攻撃がパレスチナから仕掛けられた。これがいわゆる第二インティファーダと呼ばれるものだ。もしあの時アブラハミ氏がカカシに意見をきいてくれていたら私は言ってあげただろうに。テロリストを信用しちゃいけないよと、、
だがイスラエルの市民がこうなることを予期できなかったはずはない。本当は心のどこかで分かっていたはずなのだ。しかし彼等は平和に飢えていた。本当に戦争を終わらせたくて藁をもすがる思いだったのだ。なん十年にも渡って戦争ばかりを経験してきた世代がそう思ったとしても責められない。戦争体験者がもう二度と戦争はしたくないと思うのは当然である。

私たちはガザから撤退し、引き戻される気は全くなかった。私たちは仕事に行き、勉強し、子供を育て、浜辺で楽しみ、ハムス(ガバンゾ豆を潰して味噌状にしたもの)食べて、同時にお隣でパレスチナ人たちが世界からの援助金でインフラを立て直し、仕事を作り出し、浜辺で楽しみ、子供を育て、ハムスを食べる姿を想像した。私たちはハムスを求め換わりにハマスを得た。

アブラハミ氏はレバノンにおける非戦闘員の犠牲に心をいためていないわけではない。イスラエルのほとんどの人々がレバノン市民の犠牲を気の毒だと思っている。だが忘れてならないのは、この戦争はヒズボラがはじめたということだ。イスラエル兵二人と交換に何百というヒズボラ戦闘員を返せという無理は要求をしてきたのはヒズボラだ。イスラエルはレバノン侵攻に際して時計を24年前に巻き戻すと宣言した。

私も時計を巻き戻す。兵役を終えて18年経ったいま、二度と軍服は着ないと誓ったあの日から20年以上もたった今、私はニューヨークのイスラエル領事館に電話をした。もし陸軍が必要とするならば、私は最初の飛行機でイスラエルに戻る、と伝えた。シャロンはまだコーマから目覚めない。だが私は彼を惜しむ。

イスラエルの社会は鷹派と鳩派で割れていた。シャロンが脳卒中で倒れて鳩派の政治家たちが政権を握ったときは、イスラエルは壁の建設を続行できるのだろうか、パレスチナに対して強行手段がとれるのだろうかと、鷹派の人々はずいぶん心配したものだ。しかしハマスとヒズボラのあさはかな行為によって、過去二十数年誰もまとめることができなかったイスラエル市民の心がひとつにまとまったのである。
時計は巻き戻されたかもしれない、だがイスラエルはもう後には引かないだろう。ようやくイスラエルの鳩派も気が付いたのである。この戦争は最後の最後まで戦わない限りと中で終わらすことはできないのだ。そしてそれができるのはイスラエルだけなのである。


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