January 10, 2011

憎悪の環境は左翼の賜物、保守派の言論を弾圧させるな! 

保守派による暴力的な言葉使いや表現が今回の乱射事件を起こした、よって今後は政治家や判事らを対象にした攻撃的な言葉使いは規制すべきだとして、民主党は新しい法案を提案する予定だという。

これは明らかに言論の自由を保証するアメリカの憲法に反する。政治的な言論や表現が保証できなければ言論の自由など何の意味もないではないか?

が、はっきり言って、暴力的表現を犯罪化されて困るのは右翼や保守派よりリベラル左翼のほうではないのだろうか。

2006年、ブッシュ政権時代に制作されたブッシュ暗殺モキュメンタリーがそのいい例。この映画はカナダのトロント映画際で公開され、数々の賞を受賞。保守派からは趣味が悪いとか不適切だとかいう批評は出たが、今、サラ・ペイリンの標的マークで騒いでる左翼リベラルからは暴力を誘発する行為だとか規制すべきだとかいった声は全く聞かれなかった。映画の製作者も、この映画が暴力や暗殺を誘発するようなことはあり得ないと主張していた。左翼リベラル連中も、この悪趣味な映画を表現の自由だといって弁護していた。

左翼リベラルの偽善については常に詳細にわたる記録をとっているミッシェル・モルキンのサイトでは、これまでの左翼リベラルによる保守派政治家に対する暴力的な表現の特集がされている。

ひとつひとつ紹介しようかと思ったのだが、あまりにも毒々しいイメージばかりで風邪気味で吐き気がするカカシとしては、見るのもおぞましいから興味のあるかたはリンク先へ行ってご覧になっていただきたい。いかに左翼リベラルのレトリックがおぞましいかが解るはず。

だが、これだけ暴力的な表現をごく普通にしている左翼リベラルたちは、このような規制には困るのではないか、何故自分らの首を絞めるようなことをするのか、と疑問に思われる読者も多い事だろう。

答えは簡単だ。左翼リベラルは規則を守らない。右翼や保守派は憲法だとか法律だとかを尊重する。尊重するあまり、「悪法も法なり」精神でかなり行き過ぎてしまうことが多い。その点左翼リベラルは法律などには縛られないから気楽なもんなのだ。

左翼メディアは左系の人間が何をしようと言及しないし、司法省は労働組合いなどのあからさまな暴力ですら起訴しない。どんな厳しい法律が通ろうと、規制の対象になるのは保守派や右翼だけで、左翼リベラルはフリーパスなのだ。

ブッシュ暗殺や、サラ・ペイリンやその家族に向けられたあからさまな脅迫に対して、オバマ政権や民主党議員の間からほんの少しでも批判が出たか?言論弾圧は常に左側から右側を弾圧するために行われるのだ。

我々はそれを黙ってみていていは行けない。左翼リベラルに当たり前の政治表現を奪われてはならない。共和党の議員たちは民主党のこうした偽善主義の規制に屈せず、保守派の言論を断じてまもっていただきたい。それが出来なければ、来期の選挙で生き残れると思わない方がいい。

January 10, 2011, 現時間 10:22 AM

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