December 22, 2006

『コーラン宣誓』でみた日本人の誤解

アメリカ初、イスラム教議員の就任の際、コーランに手をおいて宣誓をしたいといいだしたキース・エリソン議員の話が日本のブロガーたちの間でも結構話題になっているが、そこで日本の方々はかなりこの件について誤解しておられるようなので、その典型的な例をふたつほどあげてみたい。

その前に私がこの件について書いた過去のエントリーをリンクしておこう。

米初のモスレム議員聖書宣誓を拒否
アメリカのイスラム化を狙うCAIR

まずは清谷信一さんのブログ。彼のブログにコメントしようかとおもったら、うちのブログでよくコメントを下さるアラメイン伯が私のいいたいことをすべて書いて下さっていたので、コメントは彼におまかせするとして、こちらではエントリーとして書かせていただく。

そら、キリスト教関係者やら保守系の人たちは「議員辞めろ」大騒ぎです。エリソン氏はキリスト教原理主義者によって暗殺されるかもしれません。

アメリカでは裁判やら公的な仕事に就く場合とか宣誓するときには聖書に手を当てますよね。俺はバテレンじゃないし、聖書は嫌いだから聖書は使わないとか言い出したらどうなるのだろうとか、仏教徒だから般若心経で宣誓する人間とかいないんだろうか、などと昔から疑問に思っていたのですが、まさにそういうケースが起きたわけです(セオドア・ルーズベルト大統領は聖書を使わなかったそうですが)。

 まあ幾ら信教の自由を保障するといっても、それは建前の国ですから、米国世論は沸騰するでしょう。あの国はキリスト教原理主義国家ですから。ニューヨークとかロサンジェルスとか大都会はまだしも、ノースダコタやらアラバマの田舎なんぞは極めて保守的で、ホモだとバレると殺されるとかありますからね...

 移民にしてもヒスパニックがかつての日本人の移民ほど問題にならないのは彼らがカソリックからです。あれがブードゥー教とかイスラム教とか、拝火教だったら排斥されていたでしょう。

 実はアメリカは宗教に関しては実はイランやイスラエルとたいして変わらない、とう事実を認識し、アメリカは自由の国とかすべてにおいて先進的という幻想は捨てるべきだと思います。

はっきりいって、ここまでアメリカについて無知なひとにアメリカの悪口をいわれたくないというのが私の個人的な感想なのだが、、そんなことを最初からいっていたのでは議論にならないのでひとつづつ考えよう。

まずアメリカでは公の場に赴く時に聖書の上に手をあてるが、あれは憲法では「宣誓もしくは確認する」とあり、絶対にキリスト教の神に誓わなければならないなどとは書かれていない。別にアメリカの議会も保守派もキリスト教徒でもないエリソン氏にキリスト教の神に誓えと強制しているわけではないのだ。アメリカの議員なのだからアメリカの伝統に敬意を示すべきだといっているに過ぎない。

日本人の移民が問題になったのは太平洋戦争があったからであって、それまでは日本人移民は農園などの経営を通じてアメリカ社会に溶け込んでいた。ヒスパニック系の移民が問題になっていないと清谷氏が考えているなら、先の中間選挙でメキシコと国境を面しているいくつかの州でこれがどのくらい問題になったのかお調べになることをおすすめしたい。

エリソン氏が保守派に暗殺されるとか、南部では同性愛がばれると殺されるとか、イランのようにそれこそ同性愛者の首を平気でちょんぎるような国とアメリカを一緒にしないでいただきたい。アメリカではイスラム教諸国でおきているような異教徒に対する迫害は全くない。それどころか多様文化主義によってキリスト教徒のほうが他宗教に気を使うケースのほうが多いくらいだ。民間の企業や商店などではあからさまに「メリークリスマス」といわず、「ハッピーホリデー」といいましょうとか、役所などの公の場所からは十戒の書かれた壁飾りが取り除かれたり、クリスマスツリーですら飾ってはならないという規則ができたりしている。イスラム教のテロリストを集めたゴンタナモ収容所ですらイスラム教徒用の食事を出すなどという気の使いぶり。はっきりいって最近のアメリカはやり過ぎだという感じる人も少なくない。清谷氏はそういうアメリカの現状を全くご存じないにも関わらず、ただの噂話を信じ、この件についてのみでアメリカの価値観を評価しようとなさっている。非常に残念だ。

さて、今回の件でアメリカのキリスト教至上主義が暴露されたとおっしゃるのは早撃ち0.3秒のガンマンさん。

要は信教の自由とはキリスト教を基礎に成り立っているという現実をアメリカ国民が認識しているが故にここまで大きなニュースになっているのだろう。こんなことは当たり前のことで国家とは基本概念で均質化する必要がある。それを実現するために一番効果があるのが宗教である。そういった前提の信教の自由を掲げていたわけである。

しかし、日本ではこの「信教の自由」が一人歩きを始めた。神道は日本が古来から育くんだ神聖なものであったが、アメリカに押し付けられた昭和憲法により相対的なものとされた。独立国家の宗教が他国により蹂躙されたといえよう。

その根拠とされたのが「信教の自由」である。しかし、その「信教の自由」を日本に押し付けたアメリカ本人ですら、キリスト教至上主義であることをここにおいて暴露した。ここでアメリカという国家がどういう反応にでるか興味がある。万が一イスラム教の宣誓を排除するような行動に出た場合、アメリカの建前がもろくも崩れ去るだろう。

いいかげん、日本もくだらない昭和憲法など破棄して、日本にあった憲法を作るべきではないのか。

日本が憲法を改正したいのであれば思う存分改正すべしだとは思うが、それはアメリカに「押し付けられた」からという理由ではなく、日本の現状にそぐわないからという理由であるべきだろう。アメリカが日本に憲法を「押し付けた」といっても、アメリカは日本人に神道を信じるなとはいってない。日本が神道を基盤とした国であることを拒絶せよなどともいっていない。 アメリカが「押し付けた」宗教の自由とは、日本の基盤が神道であると国民が承知のうえで異教徒が他宗教を信じる権利を迫害してはならないということだけだ。

以前にも書いたようにアメリカはキリスト教の価値観によって創立された国であり、それが基盤となった出来た社会であるからその伝統であるキリスト教のしきたりがあちこちに残っている。それは別に異教徒にむりやりキリスト教を押し付けるというようなものではない。今度の件はそうしたアメリカの伝統と歴史をアメリカで議員をやろうという人間が尊敬できるのかということにかかっている。キリスト教至上主義などというくだらない問題ではない。以前にも書いた通りエリソン氏に聖書をつかえと強く訴えている保守派のコメンテーター、プレーガー氏はユダヤ教学者である。

私が日本語でブログを書きはじめた一番の理由は、アメリカを知らないことによって起きるこうした一連の誤解を日本の皆様に解いてほしいとおもうからに他ならない。ぜひともこのお二方のみならず、読者の皆様にはこの件を通じてアメリカの宗教観について多少なりともご理解をいただきたいものだ。

December 22, 2006, 現時間 1:30 AM

エントリーが気に入ったらクリックしてください。
にほんブログ村 政治ブログへ

トラックバック

この記事のトラックバックURL: http://biglizards.net/mt4.21/agakhantrack.cgi/1600

下記は他のサイトからのリンクです 『コーラン宣誓』でみた日本人の誤解:

» イスラム教議員批判は人種差別ではない! from In the Strawberry Field
アメリカ初のイスラム教徒議員が、就任式の宣誓を従来の聖書ではなくコーランを使ってやるつもりだと発表して以来、賛否両論色々でている。私は反対派だが、それについてはすでに何... [Read More]

トラックバック日付け December 28, 2006 6:36 PM

コメント

前のコメント

下記投稿者名: アラメイン伯

そうなんですよね。今の反米感情って言葉が変だけど故意に誤解してるというか、あげ足とりや仮定を積み重ねて断定してアメリカが悪いとか言ってる人が多い気がします。
僕のみるところ反米感情ってアメリカに対する嫉妬からきてますね。
どの国だって問題は少なくないけどアメリカは結構オープンで寛容な国だと思いますよ。

上記投稿者名: アラメイン伯 Author Profile Page 日付 December 23, 2006 7:18 AM

下記投稿者名: Sachi

アラメインさん、

私はアメリカのことを知っていて批判する分にはいいと思うのです。アメリカの教育システムは良くないとか、医療費が高すぎるとか、カリフォルニアのガソリンは税金のかけ過ぎだとか、、

でも、アメリカのことを全然しらないで、勝手な思い込みでの批判をきくと残念でなりません。

カカシ

上記投稿者名: Sachi Author Profile Page 日付 December 23, 2006 7:53 PM

下記投稿者名: prover

>ノースダコタやらアラバマの田舎なんぞは極めて保守的で、ホモだとバレると殺されるとかありますからね...

これは WYとTXの事件のことをいってるのではないでしょうか?

>別にアメリカの議会も保守派もキリスト教徒でもないエリソン氏にキリスト教の神に誓えと強制しているわけではないのだ。

そんなことやったら明確に、US憲法に違反する気が、、、

>アメリカの議員なのだからアメリカの伝統に敬意を示すべきだといっているに過ぎない。

”アメリカの伝統”あと、別のポストにあった、アメリカの”道徳”なるものは、連邦議院が、守るべきものではないのでは??

preserve, protect, defend the constitution of the United States でしたっけ。preserve, protect, defend the constitution of the tradition and virture of the United States とは、憲法に書いてない以上、”敬意を示すべき”という主張を正当化する理由がなんなのかよくわかりません。。


>日本人の移民が問題になったのは太平洋戦争があったからであって、それまでは日本人移民は農園などの経営を通じてアメリカ社会に溶け込んでいた。


>ヒスパニック系の移民が問題になっていないと清谷氏が考えているなら、先の中間選挙でメキシコと国境を面しているいくつかの州でこれがどのくらい問題になったのかお調べになることをおすすめしたい。

他国の移民政策を私が考慮、提案する意味は、皆無だと断ったうえで:

「日本人は問題なかった」かつ「ヒスパニックは問題である」と主張しているように、読めます。

つまり、「問題を起こす移民とは、何か?」を考えるのではなく、「問題を起こす移民の人種とは?」を考えているように思いますよ。

すると、「Aという人種なら、移民として問題を起こす」「Bという人種なら、移民として問題を起こさない」ことを証明しないといけない気が、、、無理ゲーじゃないでしょうか???

上記投稿者名: prover Author Profile Page 日付 August 4, 2013 4:48 AM

登録ありがとうございます。 さん コメントを残して下さい。 (サインアウト)

このサイトへ初めて投稿される場合には、サイト主による承認が済むまで投稿が画面に現れないことがあります。しばらくお待ちください。


登録者を記憶する(URL必要)


© 2006-2015 by 苺畑カカシ - All Rights Reserved